ごぜん様さまブログ

笑顔で過ごせる日常に感謝

木曜日


きょう8月6日、広島は75回目の「原爆の日」を迎えました。

「75年は草木も生えない」と言われた広島は、
75年経った今、活気に溢れた街並みに生まれ変わっています。
お亡くなりになられた方々にご冥福をお祈りするとともに、
復興に携わってこられた先人の方々に感謝の想いを新たにしました。

一方で、今年は新型コロナウイルスの影響を受けて、
平和祈念式典の規模が縮小になるなど、
平和公園周辺は例年とは違う、少し静かな朝を迎えました。



横山さんと河村さんも放送前に平和公園を訪ね、
8時15分、黙祷を捧げました。



さて、被爆75年を迎えた今、被爆者の高齢化は一段と進み、
戦争や原爆の惨劇を知らない私たちの世代が、
どんな形で平和の尊さを語り継いでいくべきかが問われています。
そんな中、およそ20年前、小学生によって作られた1曲の歌が、
平和への願いとともに、今、広島市内の幼稚園や小学校で歌い継がれています。
今日は、その『アオギリのうた』作者の
森光 七彩さんをゲストにお迎えしてお話を伺いました。

2001年、広島市の記念事業として公募した『広島の歌』で、
915作品の応募の中からグランプリに選ばれた『アオギリのうた』。
もともとは、平和学習に熱心だった
当時の担任の先生に贈るために作られた楽曲なんだそうです。

原爆によって枯れ木同然になりがらも翌年春には力強く芽吹き、
傷ついた市民を癒し勇気づけたとされるアオギリの木。
現在は、平和公園内に移植されながらも、
二世樹は、国内外に贈られ、平和の尊さを呼びかけています。
森光さんが通っていた千田小学校にも、その二世樹が移植されていて、
その「お母さん」たる初代アオギリに会うため平和公園を訪ねた時の様子、
そして、その木を通して感じた平和への思いをしたためのが、
『アオギリのうた』です。
きっと、県内の至るところで、親から子へ、子から孫へ、
そして、先生から生徒へ、平和への想いは受け継がれているのですね。

ちなみに、森光さん。
小学校4年生の時、この曲を披露した
『フラワーフェスティバル』開会式の司会が横山さんだったり、
通っていた高校の1期先輩が河村さんだったり、
さらには、同じ合唱団に通っていたのが、
ラジオカーの殿垣内さんだったり…と、
なんだか不思議な縁を感じました。


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