衣笠祥雄さんを偲んで…


今日は18時台の特集コーナーで、先週23日に亡くなった衣笠祥雄さんを特集してお送りしました。

まずは坂上さんが2015年に衣笠さんに行ったインタビューから。

プロ2年間で契約金の全てを使い果たしたという衣笠さん。
「2年間で時間とお金を浪費したけれど、ひとつだけ得たものがある。それは、“こんな生活をしていたら、これだけの野球の成績しか出せない”という経験。あとで思うと、“世の中に無駄なことはない”
失敗はする。その中から何をもらうか。それを自分の中に残しておくことが大事」と当時を振り返ってくださいました。

さらに。3年目で捕手から内野手にコンバートされた衣笠さん。
当時の想い、そしてキャッチャー理論についても語ってくださいました。
「捕手時代は怒られた。ブルペンで投球を受けるのは苦痛だった。コンバートされた時は、これでブルペンに行かなくても良い!と喜んだ。でも、あとで思うともったいないことをしたなと。キャッチャーはおもしろい!キャッチャーはできあがるのに5年かかる。3年間は怒られて怒られて。その時間をどう我慢するか?我慢しながら、相手が何を言っているか、“材料”をもらう。それをいただいて、自分の材料を増やす。4年目になると、自分より年下の投手が出てくる。先輩になると怒ることができる。その時、後輩投手が、何を使うといいボールが投げられる?それを3年間怒られた“材料”の中から出すんです。それを2年間やって。5年たつと良いキャッチャーになる!コンバートされた時に喜んだ自分は…若かったですねぇ。。。」

さらに、1979年8月、衣笠さんに左肩甲骨骨折となるデッドボールを投じた
西本聖さんへのインタビューもお届けしました。

翌日、フルスイングで三球三振に倒れた衣笠さんは、
「1球目はファンのため。2球目は自分のため。3球目は西本くんのために振った。」と語りました。

西本さんは、
「あの一言があったから、その後も打者に対してインサイドを攻めることができた。あの言葉がなければ、怖くて投げられなかった。自分はシュートピッチャーだったので、その後の成績は残せなかった。」

「ただ、衣笠さんにはインコースの厳しいボールが投げられなかった。投げちゃいけないと思った」とのことでした。

坂上さんの「もし、あと1回衣笠さんと対戦できるなら、インサイドを思い切っていきますか?」との質問に、

西本さんは「いけないです。僕は人間ですから。やっぱり感情を持った動物ですから…」と涙ながらに答えられました。。。




「カープ地獄耳」は、フリーライターの前原淳さんに電話をつなぎました。

丸の離脱は、
例えば、強力な西武打線の中に丸選手がいたとしても「痛い」ほどの痛手。。
しかしシーズン終盤のことを考えると、復帰については慎重を期さないといけない。

では、丸の抜けた穴をどう埋めるか!?
前原さんは、「今こそ投手に頑張ってほしい!」とのこと。
これまでは打線が引っ張ってきた。今こそ投手陣が引っ張る時だ!!

野村投手が登録を抹消された今、
中村祐太、岡田、ジョンソン、大瀬良の4投手が軸になってくる。
1戦目、2戦目をこの4人が先発に。
1戦目、2戦目を勝ち、3戦目を迎えるのが理想!とのことでした。

投手陣の奮起に期待しましょう!!

来週も、前原淳さんに電話をつなぎます!


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