今週のハイライト

今週のハイライト NEW

Dear Partners


今月のキーワードは「電子処方箋」
来年1月にスタートするこのシステムについて、
使い方やメリットなどを、
株式会社レスコの藤川佳應社長に教えていただきました。



「どっちがどっち?いわいとしお×岩井俊雄 
100かいだてのいえとメディアアートの世界」をみるため
茨城県近代美術館に行ってきた。
展覧会は大盛況の中9月19日に終わったそうだ。
この展示残念ながら巡回はないそう。



いわいとしおさんという絵本作家は、
言わずもがな、「100かいだてのいえ」が思い浮かぶ。
我が家の子どもたちはもう大きくなっていたが買い求めた。大変な名著だ。
日本初の縦開きの絵本。
お子さんが「数字の仕組みがわからない」そんな時期に作られたんだという。
「これはこういうものだよ」と公式のようにすんなり受け入れる子もいれば、
ちゃんと頭の中で理解しないとダメな子もいる。
こんなに楽しく数字をいつの間にか学べたお子さんはどんなに幸せなことか。

100かいだての一番上からは
どのシリーズもシュルシュルと下に下がってこれる。
そんな遊び心は子ども、
いや子どもじゃなくたって心をクスッとくすぐられる。
子どもに見せるものだからこそ、妥協は許されない。嘘は許させない。
ちっちゃな虫は何を食べるのか、どう動くのか。
100までの数をわかりやすく理解するために作られた絵本だが、
そこに登場するてんとう虫も、蛇もダンゴムシだって
そこに丁寧に生きている。
この1冊の絵本から莫大な知識や感性や愛情を感じることができる。
子どもたちに作ったおもちゃの数々だって
ボクが見ていたってワクワクする。
乗れる馬、段ボールで作ったキッチン。
一緒に作ったのかなあ、そんなことを考えて
お父さんが作っている横で見ている子どものキラキラする目を想像する。




後半は、岩井俊雄さん。
こちらも有名すぎるメディアアーティストとしての姿である。
最初に展示してある岩井さんが子供の頃に書いた工作ブック。
発明したものが書かれている。もちろんそれを作ってみる。

1981年にかいたパラパラ漫画が、1988年には立体ゾートロープ
(筒を回転させて中にあるオブジェが動いているように見える)
につながっている。
その間、1985年にはあの今は、東京都写真美術館所蔵の
「時間層Ⅱ」を作られている。
クルクル回る紙の人形が時間を歪めるように回っている。

なんだか、それらの作品の遍歴を見ていると、
岩井さんのそれこそ時間軸を見ているようで興味深い。
自分という者の中の進化や考えが覗けるようである。
子どもの頃の岩井さんがいたからこその今がある。
さらに自分の子供たちともう一回子供時代を歩んでみる。
そんな贅沢な歩みを覗ける展覧会だった。
もっともっとお伝えしたいことはたくさんある。

最後に、原点が手回し式のオルゴールと聞いて納得したあの名機、
「映像装置としてのピアノ」。
今の片手が使えないボクにもピアノが弾けるんじゃないかなんて
全く違う妄想もしてみた。
大興奮の展示ばかりだった。





メンズ&レディース トータルファッションを仕立てる専門店
「サルトリパーロ」の店主 タッキーが出演する月イチ企画。
今月のテーマは「今年の注目はこれ!秋冬のトレンド!」



小島慶子さんの新刊がPHP新書から出た。
発案からは結構時間が必要だった本らしい。

でも読んでみたら、産みの苦しみを経て
出版に至ってくれて本当によかった、
よくぞ世に送り出してくれた、そう思う本である。
おっさんを長年売りとしているボクとしては爽快な切り口である。

「おっさん社会が生きづらい」タイトルにあるように
「おっさん」がテーマである。
しかも「おっさん」は私だった。そう最初に言い切る小島さん。
今まで嫌っていた独善的で想像力に欠けハラスメントや
差別に無自覚である性質を「おっさん的な感情」と定義するならば、
自分の中にそれが深く刻み込まれているのではないか、というのだ。

この本は、そんな日本社会に染み付いた’おっさん性’について
小島さんと5人の人々との対話方式で問題提起されている。

5人の方それぞれのお話は大変興味深いものだったが、
小説家の平野啓一郎さんと小島さんとのお話しに特に共鳴した。

人は、傷つけられると自尊心感情が損なわれる。
そして傷ついていることを認めてもらえないと怒ることすら
無駄だと感じる。
怒りが暴力になることは論外だけど、怒ることすらできなくて
ひたすら傷つくっていうのはかなりしんどい。
たまには怒ってもいいと思うのですが、その上手いやり方もわからない。
けれど、「気にしないでいよう」なんて思っても若い頃は特に
鈍感になんてなれなかった。
傷つかないように気にしないようにっていくら思っていても、
鈍感になんてなれない。

でも人は「知的になると傷つかない」ということを発見したという平野さん。

本もたくさん読んで、色々経験してなぜ、相手はこういうことを言うのか、
自分がどう言う環境で生まれて、相手はどうなのか?
色々な理由がわかってくる。

そうすると何か言われた時でもむかつきはするが、それに傷つくことは
減ってくる。

そうかかれている。

さらに読み進めれば、今、読書をするという時間は
こういう環境でこうなんだ、など話は続くのですが、
おっさんだって社会の中で踏ん張って生きていかなければ
ならない理由だってあるのは確かだし、そのおっさん化の
その人の一部でしかない。
平野さんの言うところの「分人」である。男にも女にも
そういう一面がある。
若くたっておっさん定義の人間はごまんといる。
ボクははるか昔「輝く中年の星になれ!」と言う本を書いたことがあるが
おっさんって言われてから本当の人間の真意が問われる年代なのだと
その中で話している。ボクは風貌から20代後半からおっさんとして
生きていたが、かっこいいおっさんの定義っていうものも聞かれたりした。
最初に定義したおっさん感情を悪とするならば、
善のかっこいいおっさん感情の定義も今度してみたい。
おばさん化定義とともに小島さんと話したい。



今月のキーワードは「なないろコンサート」
株式会社レスコの菅野陽一郎さんに教えていただきました!



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