今週のハイライト





アフリカのサイに絶滅の危機が訪れているって、聞いたことがあるだろうか?

サイのツノを狙った密猟という痛ましい出来事のせいで、
サイの命もろともに奪っていくのだそう。
このサイの密猟が後を絶たないのはサイの角の需要の高さが
原因になっているという。

今ではサイ自体が数が減っていることもあり、
ツノ1本2千万円以上という高値で取引されているのも原因の一つだという。

保護区ではサイのツノを短く切ってサイの命を守る活動がされている。
ツノを短くすること自体自然なことではないので悲しいことだが、
命を守るためには今の状態では仕方のないことだと聞いた。
それも今までは観光でその資金をまかなっていたがコロナ禍、
それも出来なくなっていた。密猟が蔓延る。

アフリカ在住の大田ゆかさんという方がいる。
南アフリカ共和国のグルーガー公園エリアで唯一の日本人サファリガイドで
環境保護活動をされている。幼い頃から動物が大好きだった。
幼い頃からの夢であった「野生動物を守る」を叶えるために、
大学の途中で単身アフリカに渡った。
それからアフリカの野生動物の現状を知った彼女は、
さまざまな活動を続けてきた。
そんな中「アフリカのサイに絶滅の危機が。。。
日本のみんなと野生のサイを密猟から守りたい!」という
クラウドファンディングを昨年の12月に始めた。110万円目標。
ささやかながら募金をした。

50万円ぐらいを推移していてまあ、大丈夫だろうなあと思っていたら
翌日急激に目標額達成の知らせ。
一昨年、テレビ番組の3時間スペシャルで
ゆかさんを密着した時のタレントさんが大口の寄付をされたのだという。
そして再チャレンジも達成され、クラファン成功。

僕らもこの3月に寄付のお礼として
サイのツノ切りを生ライブで拝見できるという恩恵に授かった。

聞くのと見るのでは全く違う。
ゆかさんがジープを運転してサイを捜索しているクルーと連絡を取る。
ヘリコプターでサイを探しているのだ。
アフリカの地を走り抜く姿自体も他の動物に出会ったりすごい映像だったが、
何より追いかけながらの映像やお話は臨場感がある。
ドキドキしてくる。まさしくライブ。

そしてなるべく苦痛を与えないように
最善の状態を獣医師とともに最短の時間でツノを切る。
周りにいるクルーもやっていて切なくなっているのがわかる。
見ている僕らだって胸が痛くなる。人間の都合で。
映像から壮絶で行き場のない現実が流れてくる。
番組でご一緒したタレントさんが大口の寄付をされたのも
わかるような気がする。
そのタレントさんも動物好きだとのことだが
実際の現場でゆかさんの活動を見ていたらなお、
心は動くのではないだろうかと思う。
アフリカの遠い地でひとりの日本人が
こんな活動をしていることを誇りに思う。

これからも応援していきたい。





「愛・地球博記念公園における自動運転の実証実験に関するご案内」
というものが届いた。

そうあのTOYOTAが開発している自動運転の車にどうやら乗れるらしい。
土曜日曜の一般試乗に先駆けてマスコミに公開する。
行かないわけがない。早速手配してもらう。
当日現場では愛知の知事もいらっしゃるとのことで、ざわざわしていた。
自動運転の車の順番待ちでその間に案内され体験したものが、
ボクの心を奪った。

それは「モバイルトイレ」なるもの。
大型のトレーラーの側面には大きなバリアフリーマーク(車椅子マーク)。
カラフルな絵の側面に緩やかなスロープが伸びている。

トヨタがLIXILさんと共同開発している移動するトイレ。
高齢者や障害を持った方が入れるトイレがないかも…
と心配して外出を控えるという話を聞いて、
それならトイレが移動して行っちゃおう!というコンセプトらしい。
そう、バリアフリーのトイレといっても、
本当にボクが入れるトイレというのはなかなかない。
障害者10人いれば10通り。
ボクがいいと思ったトイレだって他の人は全くいいと思わないかもしれない。
まず、ベッドありのトイレっていうのは、
バリアフリートイレの中で10%ぐらいしかないと思う。
思った以上にベッドが必要という障害者は多い。
おむつ替えだったり、立っていられない人が洋服を整えたり、、、
必需品なのだ。
最新のビルのバリアフリートイレにだってなかなかない。
ないどころか、これって誰がどういう設計で作ったんだろう?
と思うこともしばしば。
ここにトイレがあってここに手洗いがあって車椅子でどうやって?
などと本当にどうしちゃったんだろうと思うトイレは多い。


それに比べてこのトイレはとてもよくできている。快適な空間だ。
TOYOTAの担当の方にどこか気になったところありますか?
と聞かれたのだけど、これまたバリアフリートイレを使う人の
あるあるですが、外出待っている赤ちゃんがいないかなど、
長い時間かかってしまう使用時間が気になって仕方がない。
だからドアの外にまだ少しかかりますとか、もうすぐ終わりますとか
電光掲示板かなんかで表示して欲しいと思った。

こんなトイレが街にあったら出かけたくなるよねって思うトイレでした。
自動運転の話はまた今度。


爆笑問題の田中裕二さん(56歳)がくも膜下出血を発症した
と言うニュースが入ってきた。

「え?」
くも膜下出血と聞いただけで反応してしまうが、
発症すればボクのように重症化するケースがほとんどだ。

田中裕二さんは、頭の痛みを訴えて
妻の山口もえさんが救急車を呼んだと言う。
この時の迅速な山口さんの対応がよかったんだと思う。
これで様子を見ようなんて思ったら手遅れになっていたかもしれない。
後遺症も手術もなく、すぐに退院できるとのこと。よかった。

くも膜下出血や脳梗塞などとにかく早い対処が後遺症の有無につながる。

ボクの場合は田中裕二さんとは違い発症の場所も症状も最悪だった。

飛行機の中で起こり羽田に到着後飛行機から直接救急車、
そして空港近くの大学病院での手術と繋がって
あの環境下の中では最速だったのだと思う。
けれどもう助からない、目覚めないとまでいわれた。
いや、まだ人のいるところで倒れたから発見も早かったとも言える。
ありがたい事だ。

昨年暮れに大切な友達が脳梗塞になった。
倒れる前日会うか会わないか迷って「やめとくよ」と答えてしまった。
もしあの時会ってたら変わってたかもしれないなんて思ってしまう。
彼は多分1日以上具合が悪くなって倒れてから発見されなかった。
発見されたのだって原稿の締め切りに連絡がないのをおかしいと思い、
尋ねてくれた知人がいたからだ。
一人暮らしだからもうちょっと発見が遅くたっておかしくない。
虫の知らせというものだろう。
一人暮らしの彼の親族の連絡先を探すのだって
針の糸を通すほどの情報量で探し当ててくれた人がいた。
こんなに周りの人間が親身になってくれるのも彼の日頃の行いが
モノを言ったのだろう。
手術もしなかったと聞いているが詳しい病状はわからない。
このコロナ禍でお見舞いもままならない。
親族でさえ会えない日々の中でリハビリもどうしているのか?
心配でならない。
早く会いたいなあと思う。

このように病気と言うのはある日突然、
前の日は違う人生になってしまう可能性もある。前兆があったのか?

田中裕二さんの、今回の山口もえさんのように「もしかしたら?」
そう思ったら躊躇なく電話してみるのがいいと思う。

コロナで医療も逼迫しているニュースを聞いている今、
「こんな事電話していいの?」と思ってしまうかもしれないが
「虫の知らせ」と言うものは当たってしまう事が多い。
医療病院関係者には感謝しかないが、
世界中が緊急事態の今迷う方も多いと思う。

「おかしい」と感じたらやはり次の手を遠慮なく打つことを考えた方がいい。


三年前、神奈川県座間市で男女9人が
アパートの一室で殺される事件があった。
SNSに「死にたい」と投稿した若者らを
被告は狙ったと裁判で語った。

このコロナの時代急速にネットの環境も変わってきた。
今まで、小学生にまでネットをつなげるのはどうなんだろうと、
携帯を含め賛否両論な世の中であったが、
コロナで学校にも行けない毎日が続き、
公立小学校にもネットでつながる授業も用意された。
ボクも高齢者の一人暮らしにはぜひネット環境を貸し出しするなどして
誰とも話さないと言う日がなくなるといいと話してきた。
ネットはそれ専用の使用しかできないようにするなど方法もあるだろうが、
やはり裏返せば、こうした凶悪な犯罪も潜んでいることには間違えない。
SNSでの悪口や仲間外れに、小学生の小さい体でも
背負っていかなければならなくなった現代の問題だ。

座間の事件は12月15日立川の地方裁判所で、
死刑の判決が言い渡された。
「死にたい」と自ら被告のアパートに出向いたと主張する弁護側と、
アパートまでいったものの「死にたくない」と改心したものまで
死にいたらしめ、犯行も計画性もあり残虐であると言う判決。
次の日、毎日新聞が被告を尋ねてインタビューした記事も読んだが
どうしても被告の心の中の闇が見え隠れする。
そこだけ切り取るのはもボクの意に反するのだが
「(死刑の)判決を受けて一夜経ちどうですか」と記者が聞くと
「特に変わったことはない」そう答えたそうだ。
もちろんこんな残虐なことができること自体、
正気の沙汰ではないのだが精神鑑定は問題なかったそうだ。
どうしてこんなことになったのか一つ一つの事件に
1冊も2冊も本が書けるほどのドラマがある。

ボクが健常な頃、雑誌やテレビで事件を追って事件現場に、
何千回行ったことだろうか。判決にもかなり通った。
事件は毎日世界中で起こっている。裁判も毎日毎日行われている。
報道の端くれにいる身として、起こった事件のその後は
大変気になるところだ。
起こった時よりも報道は縮小されるが当事者にとっては
いつまでも消えない。
消えないどころか大きくもなる。

ボクたちは来年の目標として、
今のボクにできる世の中に起こった事件の一つを取り上げて
探っていきたいと思っている。

先週東京地方裁判所に傍聴に行ってきた。
その日行われるたくさんの裁判の中、小一時間かけて選んだ事件を傍聴した。
報道されるような大きな事件でなくてもそれこそ小説が書けるほどの内容だ。
世の中の人が裁判になるほど困っていることってなんなんだろう。
普通に生活している一般の方も裁判を抱えているってことも少なくない。
そんなの中から見える日本ってどんななのか、、、
そう言う見方をしていこうと思う。



TOP