今日のつどいのひろばは、先日、福山市にある
盈進中学高等学校で行われた、作曲家の阿部海太郎さんの講演、
そしてインタビューの様子をお届けしました。
朝ドラ『らんまん』の音楽を担当された阿部さん。
盈進中学高等学校での講演は2度目だそうです。
そのご縁は、延校長先生との交流から。
「青い鳥楽団」の近藤宏一さん、という方が大きく関わります。
「青い鳥楽団」とは、岡山県にあるハンセン病療養所
「長島愛生園」で活動されていたハーモニカバンドです。
近藤さんは、楽団を作った方。
10歳で発症、11歳の時に入園、生涯を愛生園で過ごされました。
手の指と視力を失いながらも、ハーモニカ演奏に打ち込んだ近藤さん。
1953年に「青い鳥楽団」を発足しました。
12人のメンバー全員が入所者で構成され、
ほとんどの方が全盲、さらに手や足に不自由を抱えていました。
演奏曲のジャンルは多岐にわたり、
重いハンディキャップを抱えながらも努力を重ねられ、優れた音楽センスで、
全国各地に公演に出かけるなど、音楽性の高さも注目されました。
海太郎さんは、長島愛生園を演奏で訪れ、青い鳥楽団を知ります。
楽団の音楽性の高さに驚くと共に、
存在を知らなかったことにショックを受けたそう。
もっとこの楽団を知りたい!と思った海太郎さん、
7年前に延先生と出会います。
25年以上にわたってハンセン病差別についての研究や活動を
続けられている延先生は、生前の近藤さんとの親交も深い方。
延先生とのご縁から、海太郎さんは、青い鳥楽団について調べ、
さまざまな発見があったそうです。
青い鳥楽団は、長島で暮らした方々の心を癒す存在。
ただ、演奏に対する努力は壮絶なもの。
ブリキの点字楽譜を唯一感覚がわかる舌で覚え、
演奏する楽器も独自にアレンジ。
音楽への追及はすさまじく、誇り高いものでした。
そんな青い鳥楽団ですが、演奏の音源があまり残っていません。
海太郎さんは、現存する音源から、青い鳥楽団の音楽を残していこうと
数年前から取り組まれています。
早ければ来年、海太郎さんによって再び「青い鳥楽団」の音楽が、
響き渡るかもしれません。
皆さんも「青い鳥楽団」の音楽の今後に、ぜひ注目してみてくださいね。